誰よりも慌ただしく、熱く駆け抜けた一年を経て、今は穏やかに輝く白い男。現在、ピョン・ウソクにとって、仕事と幸せについてより明確になったことがある。
ピョン・ウソクはよく笑う人だった。長時間にわたるグラビア撮影の間も、隙あらばマネージメントのスタッフや撮影チームと談笑し、微笑んでいた。彼の頭は他の人よりもはるかに高い位置にあるため、その白い笑顔は遠くからでもよく目立った。2020年、tvNドラマ『青春記録』の放送を控えた頃に彼と会ったとき、ピョン・ウソクはこう語っていた。「基本的には演技が上手くなりたいし、お金もたくさん稼ぎたいし、恋もたくさんしたい。でも、この三つより大切なのは、満ち足りた幸せを感じること。幸せとは、今自分に与えられた仕事をしっかりやり遂げることから始まると思う。」
その後、KBSドラマ『花が咲けば、月を想い』で凛々しい世子を演じ、Netflix映画『20世紀の少女』では初恋を秘めた青春・プン・ウノを、映画『ソウルメイト』では”初恋”のジヌを、そしてJTBCドラマ『力の強い女 カン・ナムスン』では冷酷なサイコパス、リュ・シオを演じた。そして昨年春、tvNドラマ『ソンジェを抱いて走れ』でリュ・ソンジェとして登場した。タイムスリップ、ミステリー、コメディが交錯するロマンスジャンルに、アイドルファンダム文化とレトロの魅力が交わる物語。その中でピョン・ウソクは「今の仕事をしっかりやり遂げること」の喜びと充実感をようやく感じ始めた。そして、私たちは新たなスターの誕生を目撃した。再び訪れた春、ピョン・ウソクに会った。以前と変わらず爽やかだが、これまでとは異なる経験と感情を抱えた彼に。
幸福感というのは、自分一人だけで湧き上がるものではない気がします。僕が大切に思い、愛する人たちがいて、彼らが幸せであってこそ、僕も幸せを感じられるんです。特に何か特別なことをしなくても、一緒に時間を過ごすだけで幸せになれますよね。僕をより良い人間にしてくれるものがあるとしたら、それは間違いなく「周りの人たち」です。家族や親しい人たちですね。特に家族のことを考えると……うーん。僕、久しぶりに実家に帰ると、50枚から100枚くらいサインを書くんです。両親があらかじめ準備しておいた紙に僕がサインをすると、その姿を見てすごく満足そうな表情をするんですよ。
そんな両親の姿を見ていると、僕ももっと良い人になりたいと思います。でもね、これからもし僕が何か間違いや失敗をしてしまったら、その事実を昔よりもはるかに多くの人が知ることになるんですよね。もちろん、僕は過ちを犯すつもりはないですが、人間だから失敗することもあるじゃないですか。もしそんなことがあったら……僕自身も大変だろうけど、それ以上に家族が辛い思いをするんじゃないかって。最近はそんなことをよく考えます。だからこそ、より一層気をつけるようになった気がします。もともと慎重な性格ではあるんですけどね。
去年、『ソンジェを抱いて走れ』の第2話が放送された日が、ドラマの最後の撮影日でした。そして5月、全州国際映画祭に参加しました。放送後、ファンの皆さんと直接お話しできる最初の場が全州だったのですが、その熱気に圧倒されました。「うわ、何これ?」って。それがすべての始まりでした。その後も、人生で初めて経験することの連続でした。誰かが僕のことを好きでいてくれると、ただただ嬉しくて、ありがたく思います。でも、こんなにも多くの人が僕を応援してくれるなんて……ただ感謝するしかないですよね。夢見ていた瞬間だからこそ、本当に嬉しかったです。
でも、そのすべてを素直に受け止めて楽しめたかというと、そうとも言い切れません。「え、これ本当に現実?」っていう気持ちの連続だったんです。最近、姉がこんなことを言っていました。「まだよく分からない」と。つまり、僕が今のようになったことが、まだ実感できないってことなんですよね。正直に言うと、僕自身もそういう部分が少しあります。まだ実感が湧かないっていうのが、どう受け取られるか分からないから、こういう話をするのは慎重になるんですが……聞かれたから正直に答えました。僕の言いたいこと、伝わりますか?
僕はオーディションを受けながら、良い評価をもらった記憶がほとんどありません。でも、『ソンジェを抱いて走れ』のとき、脚本家の先生がこう言ってくれたんです。「あまり悩まなくていいよ。誰が見ても今のピョン・ウソクはソンジェそのものだ。本当によくやっているよ。」制作会社の代表や監督も、よくやっていると励ましてくれました。そうやって少しずつ自信がついていった気がします。やっぱり、不安そうな様子が伝わっていたのかもしれません。あれはどうなのか、これは大丈夫なのか、よく質問していたので。
『ソンジェを抱いて走れ』は、シーンの構成が複雑なことが多かったです。一つのシーンの中で感情を高めたかと思えば、そこから少し和らげて、またコメディの雰囲気に流れていく、そんな展開が続きました。
それ以外にも、僕にとって挑戦が多い作品でした。ほぼすべてのシーンに登場するほど出番の多い主人公を演じたのも初めてでしたし、夏に冬のシーンを撮影しなければならなかったり、肉体的にも精神的にも、すべてが初めての経験でした。同時に、本当に不思議な体験でもありました。放送が始まる前から、なぜか僕はあのキャラクターのことがとても好きだったんです。ソンジェのことです。ある日、撮影の合間に会社の理事と電話で話していて、こんなことを言いました。「僕がこんなにもキャラクターを愛せるなんて、信じられません。」ソンジェの行動や、彼の痛みが、なぜかすごく共感できたんです。もちろん、これまで演じたキャラクターもみんな大切に思っています。でも、ソンジェというキャラクターを、僕は心から愛しました。
はい、カメラ恐怖症。もしかしたら最近までずっと続いていたことかもしれません。認められたいとか、褒められたいというよりは… その空間に慣れる時間が必要だったのではないかと思います。カメラの前でセリフを話さなければならない、その空間です。
僕は、人と会うときも相手と打ち解けるまでに少し時間がかかるタイプなんです。演技というのは、本来そういった性格や特徴とは関係なくできるものですが、僕自身がそういう性格だからこそ、演技の環境に適応するのが簡単ではなかったのかもしれません。「何かを破らなければ、自然な演技ができない」と思っていて、それに時間がかかったんですね。
『ディア・マイ・フレンズ』のときですか?2016年… そうですね、あの頃の僕は本当に何もわかっていませんでした。自分がどの位置に正確に立つべきか、一つのシーンを撮るのにフルショットとバストショットの両方を撮るために何度も同じ演技をしなければならないこととか。
屋外撮影のときは、どうしても変数が多いですよね。突然、飛行機の音が入ることもあるし、現場の僕たちではどうしようもないことが原因で集中力が途切れることもあります。そういう問題は今でも難しいです。
でも、そんな変数にもかかわらず、感情をしっかり表現できる瞬間があるんです。不思議なのは、作品を重ねるごとに、そういう瞬間が一つ二つと増えていくこと。カメラの前での緊張もなく、しっかり集中して演技できる瞬間が何度もあったのは、『ソンジェを抱いて走れ』が初めてでした。
「え?なんでこんなに感情がスッと入り込んだんだろう?」
「うわ、これ何?」
そんなふうに思う瞬間がいくつもあったんです。僕は、感情を表現して、それを映像に残せるその瞬間自体にすごく感謝しています。そして、それが演技としてもちゃんと表現されているなら、それだけで幸せを感じるんです。
今になって思うんですが、新入社員も職場でしばらくは戸惑ったり、馴染めなかったりしますよね。僕もそんな時期を過ごしてきたんだなと思います。モデルとしてカメラの前に立つことや撮られることは楽しかったけれど、映像の中で演技をするという経験は、また別物でしたから。
次の作品、『21世紀の大君夫人』ですね。最初に台本を読んだとき、そのキャラクターに惹かれた部分がありました。すべてを持っているように見えるけれど、実は欠落を抱えている人物なんです。その“欠落”が魅力的で、強く惹かれました。
そうですね、作品を選ぶたびに「5年後、10年後の自分はどんな姿をしているだろう?」と想像することもできるでしょう。でも、この仕事をしていると、あらかじめ未来を描かないほうがいいと思うんです。なぜなら…… 一つの選択だけで、あまりにも多くのことが変わってしまう気がするから。未来を考えるより、ただ今この瞬間、自分にできる最善を尽くすことが大切なんじゃないかと思います。
もちろん、最終的には「演技が上手い人」になりたいです。でも、“上手い・下手”の基準は人によって違いますよね。だから、ある瞬間からは自分なりの基準を決めました。それが、「最善を尽くす」ことです。自分で見ても「これはちょっと良くなかったな」と思うこともあるでしょう。そういう瞬間をできるだけ作らないようにする。そうやって生きていけば、それが僕にとっての“最善”だと思うんです。
自信は確かに少しつきました。次の演技はもっと上手くできる気がする。だけど、同時に不安もあります。「どうやったら上手くできるだろう?」「どうすればいい?」――結局、できることは“最善を尽くす”ことしかないんですよね。誰と出会っても、僕がソンジェを愛したように、そのキャラクターを心から愛したい。そうなれたらいいな、と思います。