GQ 25年2月号 BLACKPINK ロゼ
どんな年末を過ごしましたか?
フフフフ。私はダラダラした年末。 実は「これ終わったら旅行に行くよ!これとあれもやるよ!」みたいなことを言ってたんですけど、全然です。
何もしてないんですけど、もっと激しく何もしたくない。
そうですね。(笑) ここ数ヶ月、1週間ずつ違う空間にいたんです。ヨーロッパに1週間、アメリカに1週間、日本、韓国…. そうやって過ごしてるうちに、年末になると、ちょっと家にいたいという気持ちになったので、「そうだ、旅行に来たつもりで過ごそう」と思って、計画も予定もあまり立てずに、友達や家族に会いながらゆっくり過ごしたと思います。あっ、あと、母が家にクリスマスツリーをつくってくれたので、それを最大限楽しみたいと思って、あまり外に出なかったですね。
人と一緒に過ごしたので、まあ、完璧な年末でしたね。
私は良かったですね。何かワクワクするようなことはなかったけど、久しぶりに安定した、リラックスした感じでした。「GQ」とは2年ぶりに再会しましたね。あの時は、コーチェラのヘッドライナーのステージを控えてましたね。
そうそう、覚えてます。
その時、コーチェラのヘッドライナーに立った感想を聞いたら、ロゼさんがこう言いました。「本当に想像を絶するようなことが起こったんです。想像を絶するようなことが起こったんです!」
実際、コーチェラのステージは今でも信じられないんです。本当に夢のような機会だったので、今でもコーチェラの話が出ると「そうだ、私たちヘッドライナーだったんだっけ?」ってなるんです。
でも、「APT.」に寄せられた今の反応について聞けば、きっと同じような答えが返ってくるでしょうね。どうですか?
そうですね、曲発表後の反応だけでなく、すべての制作過程がまるでジェットコースターに乗ったようにすごかったし、その間、不思議な経験もたくさんあったからか、今考えても、うん、信じられないと思います。
私は「APT」に対する波のような反応を見て、当時のインタビューでロゼさんが言っていた言葉を思い出しました。「自分を信じたとき、いつも結果が良かった」という言葉、「ブルーノ」に「APT」のサンプリングを送ったのも、ロゼの感触、ロゼの決断だったんですよね。
あらゆる瞬間の中で自分が良いと感じるものを大切にしたとき、ある人は私の選択を理解し、一緒に楽しんでくれる人がいることを知りました。みんなが好きになるとは限らないけど。そしてこれは以前から思っていたことなんですが、自分に喜びを与えてくれるものが何なのかをよく聞くこと。見て、気づくことは、音楽をする人としてとても良い姿勢だと思います。日記を覗くように、自分の心の音をありのままに見ることができるのは、とても大切なことだと思います。
ロゼの音楽は、そういう率直な感情から発露しているんですね。
恥ずかしながらそうだと思います。「ブルーノ」というすごい歌手を思い浮かべることができたのも同じようなもので、1年くらい前に彼のライブを観て、とても楽しそうにしていた自分の姿を私ははっきりと覚えているんです。すごいライブをしながらも、アーティストがあんなに飛び跳ねることができるんだ。それは大きな衝撃と感動だったんです。だからその感動がどれだけ大きかったかというと、同じ人間として誇らしいくらい?ブルーノに「APT.」という曲を届けたときに、「一緒にやってほしい。そうしたら一生願いが叶う」という気持ちだったのですが、それはブルーノのパフォーマンスを見て大喜びしていた私の素直な気持ちを覚えていたので、彼との仕事をもっと切望し、望んでいたんだと思います。「ROSIE」の制作過程にすべて直接参加したんですよね?
そうですね。実は今まで、グループの一員として、いつも助けてもらってたんです。アルバムは本当にたくさんの決定、決定、決定を経て作られるのですが、ソロアーティストとして見ると、そのような決定の状況に私一人で置かれたような気がしました。そしてある時、重要な決定は誰かが代わってくれるわけではないと感じました。それからは自分でやってみようと思いました。このプロジェクトをうまく完成させるには、自分で行って学び、勉強し、ぶつかってみるしか方法がなかったからです。そうなると、当然そうしなければならないと確信しました。
一からやり直す気持ちで。
そうですね。自分が望む世界を作るには、最初から一つ一つ、誰にも頼らず自分でやるしかないんです。だから、その始まりがスタジオだったんです。初めてスタジオに入るときは、実はすごく怖かったんです。だって、「自分一人ではできない」と感じたら、他の方法を探さなければならないから。でも、とても幸運なことに、最初のセッションで「これならできそうだな…」という感覚がほんの少しだけあったんです。もちろん、まだまだ足りないことも多くて、学ぶこともたくさんあったんですけど、その時、何か可能性が見えたんだと思います。そしてら、その後に韓国に帰ってきて少しは?(笑) 結果物を家族や友達に聴かせてあげました。反応は?
有難くもみんなが応援してくれました。ずっと今みたいに頑張れとです。聴かせるまでは、実はすごく怖かったんですけど、「早く戻って頑張れ!」と熱い声援をもらったら、勇気が出ましたね。
では、最初のスタジオセッションからアルバムが出るまで、どのくらいの時間がかかったと思いますか?
1年くらいかかったと思います。そうやって作業だけで1年。
ものすごく激しい時間だったでしょうね。
アルバムを仕上げるときは本当に忙しかったんですけど、制作の過程は、今思えば、まあ、ちょっと違う忙しさだったと思います。忙しかったけど、楽しかったですね。本当に何もしないでスタジオに行ったり来たりしてました。あっ、スタジオと火鍋屋さん。(笑) 本当に僕の動線が決まっていて、ホテル、スタジオ、火鍋、ホテル、スタジオ、火鍋の1年間、楽しかったですね。
「忙しかったけど楽しかった」っていう言葉が透けて聞こえますね。1年という時間が2つに明確に整理されるような気がして。
今思えば、実はその1年間は、やりたいことを全部やった時間だったんです。でも、こう言うとすごくいろんなことをやったんだろうなと思うんですけど、僕は音楽だけをやってたんです。つまり、音楽の中でやりたいことを全部やった時間。音楽以外のことをしてると幸せじゃないんですよね。後は作業が趣味のようになりました。
「ROSIE」が特別なのは当然ですよね。
どこかで話したことがあるんですけど、このアルバムは本当にタイムカプセルのようなもので、僕が感じた多くの感情、つまりその感情がどんな感情なのかわからない、20代前半のロゼがアルバムに詰まってるんです。さらに、このような話をして曲を作った1年間の複雑な過程も入ってます。だから、「ROSIE」は私にとってタイムカプセルのようなアルバムです。5年、10年後には、このアルバムがまるで古い日記のようになるんじゃないかと思います。
アルバムを完成させた後にロゼに訪れた変化は?
何かハードなトレーニングを受けたような感じなので、変化といえば、すごく強くなったということですね。強くなったおかげで、これからどんな困難なことに直面しても乗り越えられるという勇気が生まれました。頑張ろうという勇気が出ました。でも、これは家族や友達の助けがなかったら得られなかったことです。ちょっと待って、涙が出そうでごめんなさい。(ちょっと待って) 私がアメリカで音楽活動だけできるように、すべてを捨てて駆けつけてくれた友達がいます。最後までそばにいてくれて、精神的にも疲れないようにいつも励ましてくれた友達、そして家族。彼らが1年間、私を育ててくれたような、そんな感じです。おかげで、人から応援されることの大切さを改めて実感しました。ちょっと待って、なんでこんなに泣いてしまうのか、本当にごめんなさい。
正直に話してくれてありがとうございます。
(しばらくして) もう大丈夫です、ごめんなさい。
新年の願い事は何をお願いしましたか?
私は少し前まで、新年恐怖症があったんです。ある日、大病を患ってすごくつらい冬を過ごしたんですけど、それ以来、新年になると必ず幸せにならなきゃいけないという気持ちが生まれたんです。「病んじゃいけない、幸せにならなきゃいけない」みたいなプレッシャーのせいで、つらくてできた恐怖症。でも、あっ、ファンの皆さんがこのインタビューを読むだろうから、この言葉はぜひ伝えたいです。
前回のインタビューでもファンの皆さんにメッセージを残しましたが。
そうですね、必ず読むと思うので、もしファンの皆さんの誰かが幸せでなくて辛い冬を過ごしてる人がいたら、幸せである必要はないということをぜひ伝えたいです。クリスマス、お正月だからってみんな幸せそうに見えるけど、実はよく見ると他の日と変わらないんですよ。ただ、街がちょっとキラキラしてるだけ?自分だけが幸せじゃないって思わないでほしいです。幸せって、本当にたいしたことじゃないんです。とてもとても小さなところにも幸せはあるんです。